2025年12月12日金曜日

フィリピン慰霊の旅3ー3

昨日のBlogへ戻る

今日から慰霊祭が始まる。

ホテルの朝食はビュッフェスタイル。
内容はまずますだった。



宿泊地のカバナツアンから目的地に向けバスでルソン島を北上する。
北上に従って、山が近くなる。

峠を
二つ越え、ルソン島北部のコードン(Cordon)近く

一瀬部隊玉砕の地に慰霊の碑があり、

この碑の前を借りて慰霊祭を行った。
父の戦没地から離れているが、今回はここまでしか行けず仕方ない。
祭壇へは、持参した”名張まんじゅう”と日本の水、緑茶など供えた。
”名張まんじゅう”は私が生まれる前からある
名張市の名物で、生家から近いことから、父も多分食べて居ただろうと思い、出発前日に取り寄せたもの。

焼香の時、般若心経を唱えた。
四国巡礼や西国巡礼時に毎回唱えていたのが役に立った。

慰霊祭の後、ソラノ(Solano)まで戻って投宿。

今日はここまで。


明日のBlogへ続く



2025年12月11日木曜日

フィリピン慰霊の旅3ー2

 昨日のBlogへ戻る

フィリピン時間の午前6時前にマニラ空港到着。
フィリピンエアーのエコノミークラスは食事が不味かったがワインだけはお代わりできた。

到着後、一番の作業がeSIMのアクチベート。
前回、アメリカでアクチベート出来なかった苦い経験があるだけに緊張しながらセットアップ。
①目的のeSIMをONにし、docomoをOFFにする。

②ローミングをONに
通常は、これで繋がるが、何故か繋がらない。
アクセスポイント名を確認する。
APN設定は合っている。

これでも繋がらなかったので、前回の苦い記憶が蘇り、焦りだす。

ところが、飛行中の”機内モード”を戻し忘れていた。
それを戻したら、なんとかネットに繋がった。

ヤレヤレ!


今日は空港から”カバナツアン”まで移動する。

現地旅行社が出迎え、手配した観光バスで移動する。
今年5月の世界旅行(個人旅行)に比べると、金魚の糞で良いからラクチンらくちん。

沿道の風景。




建築現場。
地震国なのに柱が細く、鉄筋量も少ない。

カバナツアンに昼前に到着。


今日のホテル

ロビーにはクリスマスの飾りつけも

部屋は綺麗だった。


強行軍だったので、このホテルで半日ゆっくりする。


明日のBlogへ続く



2025年12月10日水曜日

フィリピン慰霊の旅3ー1


今日から日本遺族会のフィリピン慰霊の旅が始まる。

今回で3回目の旅になる。
一昨年、日本遺族会の旅に参加し、今年の2月は厚生労働省の旅だった。
何れも、政府系の旅だが、遺族会の参加メンバーは、”戦没者の子”に限られる。
厚労省のメンバーは戦没者の”甥”、”姪”、”孫”なども参加できる混成部隊となる。そうなると、世代間のギャップや育った環境が異なり、話が合わないことが多く、物見遊山的になってしまう。

まあ・・・今回は戦没者の子ばかりなので、打ち解けた旅になるだろう。

早朝に神戸を発ち、集合場所の靖国神社へ向かう。
ウイークデーだが靖国神社はそれなりの人出だった。


(↑大村益次郎像)
(↑靖国神社 本殿)
同社境内の靖国会館・偕行の間で結団式を行い、昇殿参拝後、夕食、着替え(夏服へ)を済ませて、羽田空港へ。

今回は、フィリピンエアー。
羽田空港(T3)同社カウンターは込み合っていて、中々チェックイン出来ない。

ゴジラを見ながら待つ事一時間。

ようやく出国し、制限エリアへ。
ところが、フィリピンエアーの出発ゲートは端の端。
歩く歩道を使っても15分はかかる。


今日はここまで。


明日のBlogへ続く



2025年11月12日水曜日

お礼参りで奥の院へ

結願のBlogへジャンプ

四国霊場八十八ヶ所が別格霊場を含めて結願したので、今日は高野山 奥之院(弘法大師空海の御廟)へお礼参りに参拝した。

南海電車 難波駅から特急こうや号で向かう。


極楽橋駅でケーブルに乗り換え山上の高野山駅へ。

山上からバスに乗り換えて大門バス停へ。

これら交通チケットは”高野山おでかけきっぷ”がお得です。
神戸市からの往復運賃と山上バス乗り放題で、3,600円/人。
(阪神電車版:鉄道会社で料金が異なる。特急券は別途必要)

同チケットは、予めネット購入できるが、この場合、改札通過時にスマホのQRコードを改札機にかざす必要があり、そのQRコードが一分毎に変化するので、スクショ不可。
高野山は外人観光客も多く、QRコードを上手く表示できなかったり、コード読み取り機が上手く作動しなかったりで、高野山駅の改札口は大混乱だった。
紙のチケットの方が処理が速く便利。
(文明の利器よりアナログの方が良かった)


高野山 大門に着いた。気温は13℃ 寒い!


ここから奥の院まで歩くことになる

紅葉が綺麗!

近くの宝亀院へ寄る。
宝亀院は新西国霊場三十三ヶ所の第6番札所。

壇上伽藍の中門。
(↑中門)
(↑金堂)
(↑六角経堂)
(経蔵の基壇付近の把手を押し、一周すれば一切経を一通り読誦した功徳が得られるらしい)
(↑左:金堂 右:根本大塔)

金剛峯寺へ向かう参道も紅葉が素晴らしい。


金剛峯寺へ

(↑金剛峯寺)

昼食後、いよいよ奥の院へ。
(↑↓奥の院への参道)

(↑↓奥の院への参道)

いよいよ奥の院へ到着。
奥の院は撮影禁止

帰路、英霊殿にもお参り
(↑↓英霊殿)

英霊殿は、第二次世界大戦の戦死者を供養するために昭和27年に建てられた。
紅葉の季節は素晴らしい景色が広がる。


これで四国霊場八十八ヶ所巡礼の旅は終わりです。
今回は別格20霊場+奥の院もお参りしたので、合計で130以上の霊場にお参りした。


巡礼旅の記録
第1回目:2021年11月22日
第2回目:2022年11月3日
第3回目:2023年3月19日
第4回目:2023年11月9日
第5回目:2024年3月22日
第6回目:2024年10月22日
第7回目:2025年3月25日
第8回目:2025年10月22日



2025年11月11日火曜日

行基ゆかりの 水間寺


今日は堺市南区で用があり、それが午前中に終わったので、水間寺まで足を延ばした。

水間寺は立派な伽藍だった。


(↑本堂)
(↑三重塔)
さすが、天台宗別格本山だけある。
本堂、三重塔共に立派。

龍谷山 水間寺
 開基:行基菩薩 聖武天皇勅願
 創立:天平16年(744年)

また、水間寺は新西国三十三ヶ所 第4番霊場でもある。