2011年4月5日火曜日

ビルマの息子とバナナケーキ


突然にビルマの息子から電話があり、昨日、来日したとの事。

来日する事は予め聞いていたが、昨日とは思わなかった。(ビルマは困った国で、電話がロクに繋がらないしインターネットもできない)

ビルマの息子は2008年4月から翌年の3月までPHD協会 の招きで来日し、農業研修を受けていた。その間、我が家でホームスティしていた。

ビルマ中央部の山の村から来た純朴な青年で、一年の間にすっかり馴染み、山の神(我が家で一番の偉いさん)の自慢の息子となった。

その息子が研修期間中に日本女性と恋愛をし、昨秋めでたく現地で挙式した。式に参列する予定だったが、ビルマの総選挙と重なり、ビルマ中が騒然となるらしいとの噂から、心配をした二人からビルマに来ないで欲しいと言われ出席を取りやめた。

そんな経緯があったので、日本で披露宴を行うために二人して来日したもの。もちろん、披露宴には出席する。

電話では、兎に角、早くうちへ来るように言い、明日来る事になった。
山の神はいそいそと何やら支度をしているが、私もバナナケーキを焼いて歓迎する事にした。

バナナケーキは昔ボランティア喫茶をやっていたころ、一年間焼いた経験がある。

レシピ (画像をクリックすると拡大します)

材料一覧

練りあがったもの

焼きあがり

どうです! なかなかのものでしょう!!!



2011年4月4日月曜日

だんじり


だんじりのシーズンがやってきた。

東日本大震災があったが、今年も例年通り開催するらしい。日本全体が自粛ムードになっているので、だんじりで活気づけてもらいたい。
祝儀(寄付)を集めに来た運営委員会の人が、今年は祝儀の一部を震災義援金として寄付すると書いたチラシも置いていった。

だんじりには、神戸市に越してきた時から参加している。
2008年はビルマから来ていた農業研修生と共に参加し、若い人に混じって曳行した。

翌年はネパールの農業研修生と参加したが、前年に懲りて、私は曳行せず、同行するのみにしてもらった。
農業研修生たちは来日して2週間ぐらいなので日本語が解らない。そこで、だんじり運営委員会から保護者として同行を求められる。

森地区は坂道ばかりで、曳行が始まると甲南女子大学の前の坂道をひき上げる。農業研修生は山の村から来ており、未だ牛で耕作しているので、足腰は我々とは比べ物にならないくらい強く、彼らにとっては、こんな坂ぐらい何んともない。
(写真をクリックすると拡大ます)












本山だんじりは5月3日~5日まで行われるが、4日(水)にJR摂津本山駅北の山手幹線で行われるだんじりパレードは必見もの。

パレードの時間は12:30~14:30(早く行かないと良い場所が取れない!)
パレードにはだんじり10台が集結する。
(写真は神戸東灘うはら だんじり チラシから掲載)




2011年4月2日土曜日

NZ クライストチャーチ地震-4


クライストチャーチ(NZ)市内の被害写真が届いた。

見憶えがある建物があり心が痛む。
(写真をクリックすると拡大します)











この建物は下層の柱が軸変形(せん断破壊)したものと思われる。

上の写真は柱に×印のせん断破壊跡が綺麗に見える。4階の被害が一番大きい。柱は軸変形をしてないので補強すれば恒久復旧できる。




クライストチャーチ(NZ)の一般住宅は平家建てが多いので、地盤の液状化現象さえ起らなければ、大きな被害が無いと思われる。




2011年4月1日金曜日

NZ クライストチャーチ地震-3


震源地(リトルトン港)に近い景勝地サムナービーチやその周辺の写真がクライストチャーチ(NZ)から届いた。

この辺りでは崖に接して建物を建てており、それらの家屋に被害が出た。
写真をクリックすると拡大します。















美しかった風景が無残な姿になった。

東日本大震災のような津波が無かったのが不幸中の幸い。




2011年3月31日木曜日

NZ クライストチャーチ地震-2


クライストチャーチに住む娘婿からメールが届いた。

パームス モールの被害写真。
このモールは市中心部から約4Km離れたところで、娘の家から車で5,6分。

新しく、規模の大きいモールで、2階には映画館もある。

週に2,3回は買い物に行ったところだけに写真に写った場所がどの辺りか分る。

ここはスーパー内部

スーパー内部で地盤が液状化して砂が吹きあがった。


ここはモールの通路部分でファーマース(百貨店)の入り口付近。


専門店の内部


ファーマースの2階か?


屋外 駐車場側から撮影

この写真から判断すると、ダメージは大きく、店舗再開までには相当の時間がかかると思われる。

一日も早い復旧を祈っている。