2025年12月15日月曜日

フィリピン慰霊の旅3ー6

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今日は移動日。
カバナツアンからマニラへ戻る。

途中で、小学校へ寄って、友好親善行事がある。

小学校はカバナツアンの小さな小学校(Bitas 小学校)だった。


学校訪問の目的は、友好親善で、各自が日本から持参した学用品などプレゼントを渡して、その後、児童と一緒に遊ぶことになる。

児童が校庭に集まってくれ、歓迎を受ける。


縄跳びで遊んだが、フィリピンではあまり行われてないらしい。
だが、子供たちは直ぐに馴染んで、大はしゃぎ。

我々も、十分楽しませてもらった。
(↑画像をクリックすると拡大します)


マニラは雨だった。

市内観光を諦め、午後3時過ぎにホテルへ。
ホテルは四つ星のザ・ヘリテージ・ホテル。



ソラノのホテルはシャワーのお湯が出ず、水シャワーを浴びていたが、こちらは大丈夫だろう。

マニラ市内はジャパニーズレストランもたくさんあって、今夜は久しぶりに日本の味を堪能した。



後、天ぷらや煮魚なども出たが、写真を撮るのを忘れた。

今日はここまで。

2025年12月14日日曜日

フィリピン慰霊の旅3ー5

今日は慰霊三日目。

今回、参加した遺族は8名で7柱の慰霊を行うが、昨日までに6柱が終わったので、今日は1柱のみ。

戦没地はソラノからカバナツアンの途中にあり、前回の慰霊の旅でも行った場所。

この地は、北進する米軍戦車を迎え撃った場所。
残念ながら、物量に勝る米軍に歯が立たず、日本兵はタコ壺から爆弾を抱えて、米軍戦車の下に飛び込み自爆した場所。



九死に一生を得た元日本軍兵士が建立した碑が幾つもある。

その碑の前で慰霊祭をした。


途中、雨が降り出す天気だったが、大雨にならず、なんとか持ちこたえて、慰霊祭を終えた。

この後、カバナツアンへ戻る。





2025年12月13日土曜日

フィリピン慰霊の旅3ー4

今日は4柱の慰霊を行う。

ソラノのホテルを出て、バスで北上する。
目的地はキアンガン。


キアンガン(Kiangan)のHational Shrineは記念碑や博物館のある公園の様な所。

この公園の少し下で山下将軍が投降した。

今回の慰霊祭は、現地の人が呼ぶShrineで行ったが、我々にはそうは見えなかった。




時間が余ったので、前にある博物館へ。

綿織物が主な展示品。



昔の人達の暮らしぶりが良く解る。

山下将軍降伏の地。昭和20年9月2日投降された。
(↑小学校の横手)
右上の建物は、当時の写真など展示してある。
(↑壁に刻まれてあるのは米兵の戦死者)



午後3時ごろホテルに戻り、後はゆっくりした。




2025年12月12日金曜日

フィリピン慰霊の旅3ー3

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今日から慰霊祭が始まる。

ホテルの朝食はビュッフェスタイル。
内容はまずますだった。



宿泊地のカバナツアンから目的地に向けバスでルソン島を北上する。
北上に従って、山が近くなる。

峠を
二つ越え、ルソン島北部のコードン(Cordon)近く

一瀬部隊玉砕の地に慰霊の碑があり、

この碑の前を借りて慰霊祭を行った。
父の戦没地から離れているが、今回はここまでしか行けず仕方ない。
祭壇へは、持参した”名張まんじゅう”と日本の水、緑茶など供えた。
”名張まんじゅう”は私が生まれる前からある
名張市の名物で、生家から近いことから、父も多分食べて居ただろうと思い、出発前日に取り寄せたもの。

焼香の時、般若心経を唱えた。
四国巡礼や西国巡礼時に毎回唱えていたのが役に立った。

慰霊祭の後、ソラノ(Solano)まで戻って投宿。

今日はここまで。


明日のBlogへ続く



2025年12月11日木曜日

フィリピン慰霊の旅3ー2

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フィリピン時間の午前6時前にマニラ空港到着。
フィリピンエアーのエコノミークラスは食事が不味かったがワインだけはお代わりできた。

到着後、一番の作業がeSIMのアクチベート。
前回、アメリカでアクチベート出来なかった苦い経験があるだけに緊張しながらセットアップ。
①目的のeSIMをONにし、docomoをOFFにする。

②ローミングをONに
通常は、これで繋がるが、何故か繋がらない。
アクセスポイント名を確認する。
APN設定は合っている。

これでも繋がらなかったので、前回の苦い記憶が蘇り、焦りだす。

ところが、飛行中の”機内モード”を戻し忘れていた。
それを戻したら、なんとかネットに繋がった。

ヤレヤレ!


今日は空港から”カバナツアン”まで移動する。

現地旅行社が出迎え、手配した観光バスで移動する。
今年5月の世界旅行(個人旅行)に比べると、金魚の糞で良いからラクチンらくちん。

沿道の風景。




建築現場。
地震国なのに柱が細く、鉄筋量も少ない。

カバナツアンに昼前に到着。


今日のホテル

ロビーにはクリスマスの飾りつけも

部屋は綺麗だった。


強行軍だったので、このホテルで半日ゆっくりする。


明日のBlogへ続く



2025年12月10日水曜日

フィリピン慰霊の旅3ー1


今日から日本遺族会のフィリピン慰霊の旅が始まる。

今回で3回目の旅になる。
一昨年、日本遺族会の旅に参加し、今年の2月は厚生労働省の旅だった。
何れも、政府系の旅だが、遺族会の参加メンバーは、”戦没者の子”に限られる。
厚労省のメンバーは戦没者の”甥”、”姪”、”孫”なども参加できる混成部隊となる。そうなると、世代間のギャップや育った環境が異なり、話が合わないことが多く、物見遊山的になってしまう。

まあ・・・今回は戦没者の子ばかりなので、打ち解けた旅になるだろう。

早朝に神戸を発ち、集合場所の靖国神社へ向かう。
ウイークデーだが靖国神社はそれなりの人出だった。


(↑大村益次郎像)
(↑靖国神社 本殿)
同社境内の靖国会館・偕行の間で結団式を行い、昇殿参拝後、夕食、着替え(夏服へ)を済ませて、羽田空港へ。

今回は、フィリピンエアー。
羽田空港(T3)同社カウンターは込み合っていて、中々チェックイン出来ない。

ゴジラを見ながら待つ事一時間。

ようやく出国し、制限エリアへ。
ところが、フィリピンエアーの出発ゲートは端の端。
歩く歩道を使っても15分はかかる。


今日はここまで。


明日のBlogへ続く