2026年1月24日土曜日

大阪城ぶらぶら


今日は所属する山の会の例会で、大阪城周辺をぶらぶらした。

ルートは、JR大阪城公園駅~大阪城梅林~大阪城~京橋口~八軒家船着き場~JR大阪天満宮駅。


大阪城公園駅から大阪城へ



梅林へ寄る。

大阪城梅林はちらほら咲き。



桜門から入城


天守閣へ登る

天守閣に登ったのは50年振り。
改めて眺めた眺望は素晴らしい。



天守閣の西側から

極楽橋から出て、京橋口へ

天満橋から八軒家船着き場を望む

北へ歩いて、JR大阪天満宮駅がゴール

今日の歩行数は1万5千歩でした。



2026年1月12日月曜日

無農薬 柚子ジャムを作った。苦み和らげバージョン


又しても、柚子ジャムを作った。

今回は贈答用で、苦みを少し和らげたレシピにした。

◆材料(自家製)
姫柚子:2㎏
蜂 蜜:1kg

◆レシピ
1.柚子を水洗い
2.二つに切って、果汁を絞る
3.種も果汁と一緒に絞り出す
4.柚子の皮を袋と共に細かく刻む
5.刻んだ柚子をひたひたの水で煮る(弱火)
6.沸騰約5分で、煮汁を捨てる
7.果汁と蜂蜜半分くらい加えて弱火で煮る
8.種を入れて更に煮る
9.種からとろみが出たら種を取り出し、蜂蜜を加える

以上で、出来上がり。

出来上り量は、約2.6㎏だった。

姫柚子2㎏


二つに切って、果汁を絞り、種を取り除く。
その後、細かく刻む。
刻むのに時間がかかる。


搾り終えた果汁。(種の分離前)

種を除くと、約480gだった。

水炊きする
煮汁を捨てて、苦みををとる。(一回だけ煮汁を捨てた)

蜂蜜 当初は柚子重量の40%としたが、甘味を増すよう50%(1Kg)にした。

果汁を加え、蜂蜜は約半分を加えて、種を入れた。

沸騰し、種から”とろみ”が出てきた。

種を取り除き、残りの蜂蜜を加えて出来上がり。

瓶詰めも終わった。

合計重量:約2.6㎏

材料は、何れも自家製。
無農薬栽培、ノーワックスの柚子と、我が家で絞った蜂蜜で作っただけに、安心して食べてもらえる。



2026年1月6日火曜日

無農薬 柚子ジャムを作った。

 

今年の柑橘類は豊作で、柚子(姫柚子)もたくさん生った。

冬至前にご近所に配ったが、未だ残っている。


1.5㎏をジャムに加工する。

材料は
・柚子:1500g(自家製)
・蜂蜜:600g(自家製)
・みりん:400~450g

レシピは簡単で、
1.柚子を水洗い
2.二つに切って、果汁を絞る
3.種も果汁と一緒に絞り出す
4.柚子の皮と袋を細かく刻む
5.刻んだ柚子をみりんで煮る(弱火)
6.煮上がってきたら、種を入れて更に煮る
7.種からとろみが出たら種を取り出し、蜂蜜を加える

以上で、約2.1㎏の柚子ジャムが出来る。

柚子ジャム作りで、一番手間がかかるのは柚子の刻み作業。


刻み終えた皮と、分離前の果汁

果汁だけで約400gあった。

これに、みりんを加えて、弱火で煮る。

煮上がってきたら、果汁と、とろみ出しに種を加える。

とろみが出てきたら、種をとりだし、蜂蜜を加える。

出来上り

これで、約2.1㎏あった。

従って、みりんは蒸発した事になり、無農薬栽培の自家製柚子ジャムが出来た。

後は、瓶に詰めて保存すれば良い。



2026年1月5日月曜日

アカリンダニ対策


2群の蜜蜂が全滅した。

昨年の12月上旬に蜜蜂の数が激減していた。
2週間前に確認した時は健全だった群れが、半月で激減し、



底板を確認すると、羽を開いたままの死骸が多数あった。

この症状から、アカリンダニによる激減(全滅)と判断し、その対策として、メントールを購入した。
念の為、食品用を買った。
茶袋に入れて

巣箱の簀の子(上部)の上に置く。


メントールは気化すると重いので、巣箱の下に向かって降りるらしい。
従って、巣箱上部に置かないと意味がない。


昨年末に蜜蜂が激減した群れは回復せず全滅し、残った蜜を絞った。

活発な群れは、メントールでアカリンダニを予防している。


2025年12月17日水曜日

フィリピン慰霊の旅3ー8(最終日)

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今日はこの慰霊の旅の最終日。
午後のフライトでマニラを発ち日本へ戻る。

午前中、時間が空いたので、マニラ大聖堂に立ち寄った。

マニラ大聖堂は、先の大戦で破壊されたが、日本からセメント約6万俵が贈られて、復興に寄与した。
大聖堂外壁左手に、この事が書かれた銘板がかけられている。




(↑高山右近像)


大聖堂前の広場に立っているカルロス4世(King Carlos IV)銅像。
(↑カルロス4世 スペインスペイン国王像)
同国王は、1800年代初頭、当時スペインの植民地だったフィリピンで天然痘が流行した際、カルロス4世は大量の天然痘ワクチンをフィリピンへ送り、この人道的な支援に対する感謝の印として、1824年にこの像が建てられたらしい。

その後、14:45マニラ発のフライトで戻った。
成田到着が夜だったので、東京で一泊する。

これで、今回のフィリピン慰霊の旅は終わりです。