旅行、トレッキング、登山、園芸、ボランティアなどでスローライフをおくる。 一年の内、半分を日本で、残り半分をニュージーランド(NZ)で過ごしていた頃始めたブログです。 うはらの郷とは、古くは芦屋市から神戸市東灘区周辺(説では夙川から旧生田川まで)を莵原と呼ばれていたことに由来します。
2015年8月11日火曜日
2015年8月6日木曜日
ぜいたくな旅 上高地ー3(大正池 ほか)
帝国ホテルの夜は暑かった。
午前6時の室温は25℃を超えていた。
昨夜は暑くて寝苦しく、窓を開け、そこに扇風機を置き、回しっぱなしにして寝たが、室温は下がらなかった。
(エアコン(冷房設備)は無い)
部屋面積に対して開口部(窓)面積が小さいのが原因で、外気を十分に取り込めなかったものと思われる。
部屋の快適さは”徳澤園”の方が良かった。
朝食はホテル内の”あずさ庵”で摂った。
”あずさ庵”は日本料理レストランでメニューは上の通り。
ご飯、若しくは、お粥を選択できる。お粥にした。
涼しいうちに大正池までトレッキングした。
ルートは、帝国ホテル→田代橋→梓川コースで田代池→大正池→林間コース→田代橋→帝国ホテル
現在の大正池は”池”と言うより”川”に近い。
焼岳が噴火して、梓川を堰き止め出来たダム(池)だったが、噴火から95年も経つと湖底に砂礫が溜まって、もはや川に見える。
湖面から突き出ていた枯れた木々も朽ちてしまい現存は数本しかない。
木道を歩き、ホテルに戻る。
木道に沿った清流では岩魚が泳ぐ。
帝国ホテルで昼食を摂り、バスの出発時間まで同ホテルの図書室で読書する。
13:30 帝国ホテルを出発し、帰路に着く。
帰路は、往路を引き返すだけ。
JR松本駅で、往路新幹線に置き忘れたスマホの転送手続きをして、集合場所に戻ると、連れの二人が居ない。
二人は、新大阪駅でも集合場所を勝手に離れたが、ここでも同じことを遣らかした。
お蔭で、特急列車を一本乗り遅れ、腹が立つが、此処ではこれ以上書かないことにする。
ぜいたくな旅はここで終わり
午前6時の室温は25℃を超えていた。
昨夜は暑くて寝苦しく、窓を開け、そこに扇風機を置き、回しっぱなしにして寝たが、室温は下がらなかった。
(エアコン(冷房設備)は無い)
部屋面積に対して開口部(窓)面積が小さいのが原因で、外気を十分に取り込めなかったものと思われる。
部屋の快適さは”徳澤園”の方が良かった。
朝食はホテル内の”あずさ庵”で摂った。
”あずさ庵”は日本料理レストランでメニューは上の通り。
ご飯、若しくは、お粥を選択できる。お粥にした。
涼しいうちに大正池までトレッキングした。
ルートは、帝国ホテル→田代橋→梓川コースで田代池→大正池→林間コース→田代橋→帝国ホテル
↑画像をクリックすると拡大します
田代橋から田代池まで随分離れていた。
↑田代橋のたもと(帝国ホテル側)
↑田代池
↑↓大正池
現在の大正池は”池”と言うより”川”に近い。
焼岳が噴火して、梓川を堰き止め出来たダム(池)だったが、噴火から95年も経つと湖底に砂礫が溜まって、もはや川に見える。
湖面から突き出ていた枯れた木々も朽ちてしまい現存は数本しかない。
木道を歩き、ホテルに戻る。
木道に沿った清流では岩魚が泳ぐ。
帝国ホテルで昼食を摂り、バスの出発時間まで同ホテルの図書室で読書する。
13:30 帝国ホテルを出発し、帰路に着く。
帰路は、往路を引き返すだけ。
JR松本駅で、往路新幹線に置き忘れたスマホの転送手続きをして、集合場所に戻ると、連れの二人が居ない。
二人は、新大阪駅でも集合場所を勝手に離れたが、ここでも同じことを遣らかした。
お蔭で、特急列車を一本乗り遅れ、腹が立つが、此処ではこれ以上書かないことにする。
ぜいたくな旅はここで終わり
2015年8月5日水曜日
ぜいたくな旅 上高地ー2(帝国ホテル)
朝6時に目が覚めた。
冬布団で寝ていたが寒いくらいだ。おかげで、昨夜な熟睡できた。
室温を測ると19.6℃だった。
朝食前に近くを散歩し、梓川に出る。
明神岳も朝日に輝いている。
朝食後、ラウンジでコーヒーを飲んでいたら、チェックアウトタイムになり、追い出された。
徳澤園は山小屋で、午前8時半にチェックアウトしなければならない。
とはいえ、今日の行動予定は、上高地BT近くの帝国ホテルまで移動するだけ。
時間がたっぷりあり、名物のアイスクリームも味わう。
前のテントサイトではカラフルなテントが並ぶ。
宿泊者の中に外国人も交じっている。
可愛らしい子供連れがいたので、思わず子供の歳を聞いたら、2歳と7歳だった。
この家族はポーランドから5週間の予定で観光に来たらしく、北海道から屋久島まで観光すると言っていた。
ぶらぶら歩いて、明神から梓川の右岸ルートに向かう。
11時半、嘉門次小屋に着いた。
名物、”岩魚の塩焼き”を注文する。
昼食後、右岸ルートを下り
河童橋を通過。
更に、右岸ルートを歩き、ウエストン碑通過。
田代橋から帝国ホテルに向かう。
午後3時15分、帝国ホテル到着。
帝国ホテルオフィシャルサイトはここをクリック
夕食はフランス料理(神河内)だった。
”神河内”のメニュー紹介写真
メインディッシュのビーフは絶品で美味しかった。
固いニュージーランド肉に慣らされているので、世の中にこんなに旨い肉があったのかとびっくりした。
リゾートホテルなので、ラフなスタイルでOKだと訊いていたが、皆さんそれなりの服装で来ている。
夕食後はラウンジでくつろぎ、その後、就寝。
9月下旬には薪ストーブに火が入る。
紅葉の時期にもう一度来れば良い。
明日のBlogに続く
冬布団で寝ていたが寒いくらいだ。おかげで、昨夜な熟睡できた。
室温を測ると19.6℃だった。
朝食前に近くを散歩し、梓川に出る。
明神岳も朝日に輝いている。
朝食後、ラウンジでコーヒーを飲んでいたら、チェックアウトタイムになり、追い出された。
徳澤園は山小屋で、午前8時半にチェックアウトしなければならない。
とはいえ、今日の行動予定は、上高地BT近くの帝国ホテルまで移動するだけ。
時間がたっぷりあり、名物のアイスクリームも味わう。
前のテントサイトではカラフルなテントが並ぶ。
宿泊者の中に外国人も交じっている。
可愛らしい子供連れがいたので、思わず子供の歳を聞いたら、2歳と7歳だった。
この家族はポーランドから5週間の予定で観光に来たらしく、北海道から屋久島まで観光すると言っていた。
ぶらぶら歩いて、明神から梓川の右岸ルートに向かう。
11時半、嘉門次小屋に着いた。
↑↓画像をクリックすると拡大します
名物、”岩魚の塩焼き”を注文する。
↑これが¥1,600 高いなぁ~
昼食後、右岸ルートを下り
河童橋を通過。
更に、右岸ルートを歩き、ウエストン碑通過。
田代橋から帝国ホテルに向かう。
午後3時15分、帝国ホテル到着。
帝国ホテルオフィシャルサイトはここをクリック
夕食はフランス料理(神河内)だった。
”神河内”のメニュー紹介写真
メインディッシュのビーフは絶品で美味しかった。
固いニュージーランド肉に慣らされているので、世の中にこんなに旨い肉があったのかとびっくりした。
リゾートホテルなので、ラフなスタイルでOKだと訊いていたが、皆さんそれなりの服装で来ている。
夕食後はラウンジでくつろぎ、その後、就寝。
9月下旬には薪ストーブに火が入る。
紅葉の時期にもう一度来れば良い。
明日のBlogに続く
2015年8月4日火曜日
ぜいたくな旅 上高地-1(徳澤園)
うだる暑さの神戸を脱出して上高地に向かった。
”ぜいたくな旅”と言うものの交通費を安くあげようと、”ジパング倶楽部”割引を利用した。
従って、JR東海道新幹線は”ひかり号”しか乗れない。
集合場所(ひかり号 乗場ホーム)に到着したが、連れの二人が居ない。
ホーム上には見当たらず、車内をホームから探すと、既に座席に座っている。
集合場所を勝手に離れ困ったものだ。
先が思いやられる。
(この危惧が、後日現実になった・・・)
出ばなからゴタゴタし、それが影響したのではないが、新幹線車内でスマホを落とすミスがあり、JR松本駅で遺失物届けを出すなど、上高地まではゴタゴタ続きだった。
(スマホは乗った座席付近にあり、東京に届いていた)
なんとか、予定時刻通り上高地バスターミナル(上高地BT)に到着。
天気が良く、清々しい。
昼食後、河童橋を経て
明神に至る。
3kmを一時間以上かかった。
徳澤までの3.4kmは道幅も広く歩き易いが、アップダウンが数ヵ所ある。
連れの一人がアゴを出し始めた。
登山をする者にとっては、平坦道と変わらないが、体力不足でダメらしい。
二時間半歩いて、ようやく徳澤園に到着した。
ご存じの通り、徳澤園は井上靖の小説”氷壁”の舞台になった宿。
従って、”氷壁の宿”として知られている。
↑↓画像をクリックすると拡大します
徳澤園オフィシャルサイトはここをクリック
徳澤園は歴史が有り、山小屋の中では別格で、気に入っている。
”ぜいたくな旅”を目的にしているので、最高級の洋室に泊まったが、三名一室なので割安になった。
入浴後、浴衣に着替えて、夕食をいただく。
魚はヤマメでは無くアユだった。
山の料理とすれば良い方。
昨年の10月にも泊まったが、その時のBlogはここをクリック
明日のBlogに続く